第2次世界大戦の最前線で戦っていた
日本兵士が書いた葉書が
64年の歳月を経て、やっと受取人のもとへと届いた。
葉書はヤマシタ・ノブチカさんが
ビルマ(現在のミャンマー)で
長崎のナガノ・シズオさんに宛てて書かれたものだった。
葉書の消印は1943年。書いたヤマシタさんはその1年前に
23歳の若さで戦死している。ヤマシタさんの遺品の中に
入っていた葉書は1年後に誰かの手によって投函された。
だが、長崎県宛ての葉書はその後ナガノさんの元に
届くことはなかった。(戦時中の混乱かはたまた住所不明)
受取人不明のままだった葉書は1945年の終戦の後に、
米国兵によって、アメリカへと持ち帰られた。
米国に戻った兵士はその後、彼の人生を終えるまでの25年間、
アリゾナの自宅で葉書を大切に保管していた。
彼の死後、葉書は彼の息子に渡った。
その後、彼の息子はハワイのマウイ島へと引っ越した。
そして、息子の妻が日本から来た交換留学生と知り合いになり、
息子はヤマシタさんの葉書を受取人の元へなんとか届けて
ほしいとその留学生に頼んだ。
日本人留学生、コジマ・ヨウコさんは日本へ帰国してから
日本政府の助けを借り、2年かけて受取人のナガノさんを
見つけ出し、無事ヤマシタさんの葉書を届けることができた。
受け取ったナガノさんは、高知に住んでいた。80歳になっていた。
ナガノさんは語る。「こんな形でヤマシタさんと(葉書で)
再会できるなどとは想像もつきませんでした。感慨無量です。。」
ヤマシタさんの思いはこうして64年の歳月を経て
ビルマ(ミャンマー)→長崎→アリゾナ→ハワイ→高知と
旅をした後、無事ナガノさんのもとへと届けられたのである。
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「硫黄島からの手紙」のような実話です。
受取人のナガノさんが高知にいらっしゃったことで
1945年の原爆を逃れ、無事生きていらっしゃったことも
凄い話です。これこそが本当の天国から届いた手紙ですね。
しかし、互いに敵として戦っていた米軍兵士が
見ず知らずの日本兵のために葉書を25年間も大切に保管し、
そしてその息子がなんとかその葉書を受取人の
元へと届けてやりたいと思ったことも凄いです。
また日本人留学生のコジマさんが2年もかけて
その葉書の受取人を探し出したことも凄いです。
コジマさんは多分まだ20代前半の女性です。
現在は武庫川女子大学(正式名は私にはわかりませんが)
に在学中だそうです。
これで、ヤマシタさんはきっと天国で安らかな眠りに
つかれることができるでしょう。。
このニュースは、ある米国のネットニュースで1つの記事として
昨日載っていたものでしたが、時間が経てば
消えてしまいます。だから、私はこうして
日本語に訳して残しておこうと思いました。
(現に今日はもう記事はみれませんでした。)
戦争という混乱の中で見ず知らずの敵国兵士のために
人間として誠意を持って届けられた素晴らしいお話でした。
本来、人間はこのように助け合い、思い合えるよう
生まれてきているのです。
オフライン コミュニケーションズ インク
鎌田圭子